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控え目

司馬遼太郎の“街道をゆく 近江編”で、農村部のある集落を語るなかに、次のような一節がありました。

「どの家も、立派な門構えである。驚いたのは、それぞれの家がお互い控えめに家を建てていることである。」

 司馬遼太郎がどのような意味で、“控えめ”といった言葉を使用したのかわかりません。周囲から目立つことなく、調和しているといった意味なのか、財をひけらかすことなく、奥ゆかしい建築だったのか、日照など隣家に迷惑をかけないように、気遣いをした建築なのか、定かではありませんが、一度、この集落を訪ねてみたいと思います。もう、昔の美徳は消滅し、この集落も変化しているでしょうが、まだその名残はあるでしょう。世知辛い、拝金主義に侵された世の中では、隣家のことなど微塵も配慮することもなく、目を覆いたくなるような住宅が目立つようになってきています。

  今は他界した義母の土地は住宅密集地にありました。隣家は庭を少しでも広くするために、土地の境界からわずか18cmのところにまで壁が迫り、道路間際まで家が張り出しています。義母は阪神大震災で自宅が全壊となり、その地に自宅を再建しました。義母も隣家同様に、境界ぎりぎりに家を建てるよう工務店に注文しましたが、棟梁は1mの幅をとることを頑として譲りませんでした。以前より、義母はその棟梁の技術を信頼していましたから、義母の希望を優先する工務店もあったものの、最終的に棟梁の仕事を選び、小ぢんまりと頑丈な家屋が建ちました。棟梁は強い倫理観を持ち、仕事に誇りを持ち、営利目的のみで家を建てていたわけではなかったと思います。

  指物師だった私の祖父は、戦後、大工となり、家の建築に携わっていました。職人気質の祖父は丁寧な仕事しかできず、手抜きの数勝負の工務店が急成長していくのを傍目に、祖父は、小さな店で納得のゆく仕事をして満足していました。祖父の仕事場を見たことがありますが、手入れの行き届いた多種多様な道具が整然と並べられ、身の引き締まる思いがしました。

  最近、品のない家が増えてきたことは残念なことで、行政にはもっと街並みを守る規制をしていただきたいと思います。建築に携わる人々の倫理感が失われつつある現在、美しい街並みを守るには厳しい規制が必要となりました。せっかく郊外に造成し、美しく整ったニュータウンですが、20年ほど経過すると、住民の入れ替わりや代替わりで、解体・新築が行われるようになります。住宅密集地のような建蔽率、容積率の設定では、郊外の良さが損なわれていく危険があります。現在の不況の下、古家つきの住宅地がなかなか売れず、住宅地を2分割して、建蔽率・容積率上限いっぱいの住宅を2軒建築する傾向が各地で見られますが、地域住民の意識は低く、建築協定を作るエネルギーを持ち合わせていないようです。建築基準法は最低限の守るべき線であり、推奨基準を示している訳ではないはずです。法に違反しなければ何をしても良いと考えるのは、いかがわしい商売をする人たちですが、こと住宅に関していえば、大手ハウスメーカーも施主も普通の人達が堂々と、胡散臭い連中と同じことをしているように思います。
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2012-01-02 23:15 : 雑感 : コメント : 0 :
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